根来寺・・・津田流砲術の開祖・津田算長をはじめ、強力な鉄炮隊で知られる。豊臣秀吉による紀州征伐で制圧され、軍事力を喪失した。
石山本願寺・・・独自の僧兵集団ではなく、各地の門徒(多くは国人や庶民)を動員した一向一揆を通じて絶大な影響力・軍事力を誇ったが、石山合戦に敗れ壊滅、軍事力を喪失した。
諏訪大社・・・武田信玄に制圧され、軍事力を喪失した。大名家としては江戸時代に再興したが、神官家とは分かれることになった。
宇佐神宮・・・大友宗麟に制圧され、軍事力を喪失した。
いずれも江戸時代までには軍事力を喪失するか、分割されるなどして宗教と軍事力が切り離されている。
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日光山輪王寺・・・多数の僧兵を抱え、下野でも有数の武装勢力になる。後北条氏に荷担したため、豊臣秀吉により弾圧され、寺領を没収され衰退。関東に移封された徳川家康の保護により、勢力を回復する。
多武峰妙楽寺・・・興福寺と度々武力衝突を起こす。天正13年(1585年)、大和に入国した豊臣秀長の武装解除要求に応じ、武具を供出。
白山平泉寺・・・延暦寺末寺として、最盛期には8千人の僧兵を抱えて越前に勢力を伸ばす。天正2年(1574年)、一向一揆との抗争で全山が焼失。勢力が弱まる。織田信長、豊臣秀吉と早くから結び、寺領を回復する。